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「くだんのはは」 戦時下のホラーを味わう 奈保千佳


 日本の幻想文学・・・といわれて、すぐに名前が浮かぶのは澁澤龍彦とか夢野久作などといった人だろうか。「日本幻想小説傑作集」とあったので、なんかエタイの知れない、読みにくいマイナー作家の話が連なるのかなぁと思っていたら、そんなことはなくて、こんな人がこんな作品を!という驚きの連続だった。例えば、五木寛之の「白いワニの帝国」に出てくるニューヨークの地下に住むワニのはなしは、ピンチョンの「V.」にも出てくる題材だ。これって、ニューヨークの都市伝説なのかなと思ったり、小川未明は子供の頃、絵本で読んだ「赤い蝋燭と人魚」の作者で、ああ、この文体、懐かしいなどと思った。あの独特な暗さは、幻想小説というよりは、プロレタリア文学のようで、怖い。そんなことを考えながら、それぞれの作品を楽しんだ。


 さて、本書の一番の収穫は小松左京の「くだんのはは」。一言でいうなら、終戦直前の日本を舞台にした気持ち悪い話。真夏のうだるような太陽の下、栄養失調状態で、軍事工場に通う少年である僕のリアルな描写は、やはりそのころ少年だった小松左京の記憶にもとづいているのだろう。謎のお屋敷に身を寄せた僕が体験する不思議なできごと。それにしても、クダンって牛と人のかけあわせのような異形のことだったのね。知らなかった。この作品の優れているところは戦争末期の市井の人々の、せっぱ詰まった日常のリアルさと戦争とは無関係に食に事欠かず、ゆったりとした時間の流れるお屋敷内の静けさとの対比。これが絶妙。その舞台装置のおかげで、読み手が僕の不安や狼狽、苛立ちといった感情にすんなり入っていける。単なるホラーではなくて、社会的な視点も入っているところは、さすが。憲兵に言いつけると脅す描写や、道端で日本刀を抜き、切腹しようかしまいか決めあぐねている男の描写などは、読んでいて痛い。そういえば、小松左京氏は戦後、社会主義に傾倒し、一時は共産党に入党したこともあったそうだ。経歴を見ている限りはとてもインテリで、この時代の人にしては珍しく大学でイタリア文学を専攻している。いわゆるインテリ左翼だったのですね、この人。ちょっと脱線しましたが、私がこれを読んでいて一番、すごいなぁと感心したところは、血みどろで反吐のようなものが混ざった、血膿のにおいがする包帯の表現だ。き、気持ち悪い・・・。そこから褚を連想するところも、今読むとかなり際どい。獣のような物への連想に嗅覚から導かれてしまった。食事をしながら読むのは危険だ。そして、屋敷の奥にいるなにかへの距離が徐々に近づいていく表現も絶妙。物陰からの視線→すすり泣く声→血膿+反吐包帯→獣の毛が付いた血肉の塊。そして、終戦の日、やけになった僕が禁断の間を空けてしまうという暴挙と、とうとう見てしまったクダンの姿。ああ、これ、映像でみたらうなされるよきっと。私としては、この禁断の間を空けた瞬間に、屋敷がガラガラと崩れて、全てが幻だったというラスト(「アッシャー家の崩壊」か?)になるのかと思ったら、自分の子供に角が生えたというオチだった。うーむ、このラストがやや気に入らない。蛇足という気がする。だって、ラストの一文のせいで、せっかくの崇高かつ奇妙なクライマックスが三面記事のような、胡散臭さを帯びてしまうからだ。まぁ、しかし筒井康隆星新一と並んでSF界の御三家と称されるだけあって、エンターテイメント性は、抜群だ。そして汚い表現も筒井康隆といい勝負かな?!