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「バーナム博物館」感想 内海惟人


 「バーナム博物館」に収められているどの短編も、読んでいて愉しい。それはひとつひとつが方法論的にはっきりとした特徴をもち、かつ退屈させない筋と適度な長さで書かれているからだろう。そういう意味でこの短編集は文学産業の「商品」として標準的、いや高いレベルにあると言える。「アラビアン・ナイト」や「不思議の国のアリス」の物語を用いたメタフィクション的な手法や、「意識の流れ」、ゴシック・ロマンといった形式を利用してバラエティに富んだ短編集になっていると思う。この一冊でちょうど文学演習のテキストになりそうだ。


 また、ミルハウザーの博識も疑いようもない。柴田氏の「訳者ノート」を読めば、作者が仕組んだ様々な工夫が見てとれる。おそらく玄人だけがわかるような細かな芸があるのかもしれない。


 個人的には「ロバート・ヘレンディーンの発明」と「幻影師、アイゼンハイム」が面白かった。筋がわかりやすいし、モチーフも想像力によって架空の人物や物を創りあげるという古典的なもので、それが物語を安定感を与えている。柴田氏によるとこの二作品は「ミルハウザー作品の精髄」であるらしいので、他の作品も読んでみたい気になった。


 というわけで特に何かを言う気にならないのだが、それがある意味、問題ではないかと思われる。それぞれの短編を通してミルハウザーの輪郭といったものが一向に見えてこない。趣向をこらす手つきのみが透けて見える。先に挙げた二作品のみがかろうじて作者自身の分身のような登場人物を感じさせて興味を引く。一体、アメリカの現代の批評家は彼をどのように評価しているのだろう。裏表紙に「最後のロマン主義者」とあるが、少なくともミルハウザーは「roman」を信じていることだけは間違いないようだ。