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「男の嫉妬ってこわい。」なほちか


 ポールオースター。このオイスターソースみたいな名前の作家の知名度は意外と高い。あまり、読書しなさそうな人にもオースターは読まれている。その魅力はなんなのだろう。


鍵のかかった部屋』のテーマとはずばり、男の友情と嫉妬だ。人気者だった幼なじみのファンショーとその隣に住む僕。ファンショーの偉大さを説明する少年時代のエピソードで一つ、私の心を打つものがあった。それは友達の誕生日にプレゼントを持ってこなかった友人に自分のプレゼントを差し出すという行為。


「ファンショーがしたのは、慈善の行為というよりも、むしろ正義の行為だったのだ。だからこそデニスも自分をおとしめることなくそれを受け入れることができたのである。」(p28−29)


まるで大人のような気の使い方。僕はすっかり感心してしまいファンショーの母親にそのことを報告してしまう。そのときの母親(ミセス ファンショー)の醒めた反応が切ない。僕の無邪気さによって、ファンショーは気まずい思いをする。


こういうエピソードは多かれ少なかれ誰の記憶にもあるのではないだろうか。良かれと思ってしたことが好きな相手の立場を悪くしてしまうようなこと。そしてオースターはそういう切なさを描くことにかけては、すごく上手い作家だ。


嫉妬していたのはファンショーの方?


 この物語は僕がファンショーの人生を途中からなぞり始め、その結果、たぶん破綻してしまうという流れになっている。僕はファンショーの妻と再婚し、ミセス・ファンショーと肉体関係を持ち、彼の過去の資料を集めながら伝記を描く。かつてのヒーロー、ファンショーの存在を求め、最後は鍵のかかった部屋の向こうでファンショーに対面するが、結局会えない。一見、ファンショーになりたかった僕が結局、憧れのファンショーにはなれなかったというストーリーに見えるが、実はファンショーが僕に嫉妬していたのではないか。普通の家庭に育ち、平凡で無邪気な少年だった僕。複雑な家庭環境で、立派な行いをすることでしか人々の心をつかむことができないファンショーにとっては、さぞかし僕の普通っぽさが羨ましく同時に憎かったのではないか。それで、著作を引き継がせるという復讐のストーリーを仕掛けてしまった。お、恐ろしい。


「君を見張っていた。君とソフィーと赤ん坊を見張っていた。(中略)なのに君ときたらまるっきり僕に気づかなかった。実に愉快だったね」(p211−212)


 友情が嫉妬に、憧れが憎しみに、光が影に・・・。時間が経つと真実も虚構に虚構も真実に変色していくものなのかもしれない。なんか苦かった。きっとこれが人気の秘密なんだろう。


●遺言(この場合だと遺著)を執行するというテーマでトマス・ピンチョンの「競売ナンバー49の叫び」を100点とするなら65点。