「スティーヴ・エリクソンによると世界は」 辻夏悟
- 作者: スティーヴエリクソン,Steve Erickson,柴田元幸
- 出版社/メーカー: 白水社
- 発売日: 2005/08/01
- メディア: 単行本
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い、いちおうレポート書きますた。ご笑納くだされば幸いでございます(事実誤認、無意識の剽窃(w等ありましたら、ご指摘ください)。
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「スティーヴ・エリクソンによると世界は」 辻夏悟
『黒い時計の旅』は、愛をめぐる物語である。
しかし、この物語では「愛とは何か」という問題は棚上げにされる。
「愛とは愛である」、それがこの小説に書かれていることなのだ。
この小説に偏在する、無数の愛。
ヒトラーからゲリへの。ゲイラからバニングへの。バニングからデーニアへの。バニングからメーガンへの。バニングからコートニーへの。メーガンからバニングへの。メーガンからコートニーへの。デーニアから男たちへの。ブレーンからデーニアへの。ジーノからデーニアへの。デーニアからマークへの。マークから青いドレスの娘への。そして、バニングからヒトラーへの。
愛は円環している。
『黒い時計の旅』において、愛は、常に暴力的な形をとって表れる。
ブレーンがデーニアを見た/愛した瞬間、無数の男たちが死に、バニングがデーニアを見た/愛した瞬間、歴史の濁流は二つに分裂する。デーニアの両親の性交は野牛の群れを呼び、一つの共同体にカタストロフィをもたらすことになる。※1
しかし、何ということだろう。この物語で、最後に世界を救うのは、やはり愛の力なのである(そう、まさに「愛は地球を救う」のだ!)。
愛というモチーフは次作の『Xのアーチ』でも繰り返される。そこで描かれるのは、アメリカの建国の父トマス・ジェファソンと、その黒人奴隷サリー・へミングスとの間の禁断の愛だ。
エリクソンは、アメリカ史の起源にすら、一つの愛を幻視(C巽孝之)してしまう。
エリクソンの、愛に対するオブセッションが意味するところは何か。
今、その答えを出すには、ちょっと時間が無さ過ぎるのだが(…)、これだけは言えそうだ。
スティーヴ・エリクソンによると世界は愛でできている。
※1 この小説を執筆当時、エリクソンの結婚生活は破綻寸前だったという。『黒い時計の旅』に満ち満ちた愛の暴力性の起源を、そこにもとめることは短絡過ぎるだろうか。