辻夏悟「『海炭市叙景』についてのメモ」
■エピグラフとして
それではチャンドラーはどこに引き継がれたか? それに対する答えはひとつしかない。チャンドラーの核は都市に引き継がれたのである。それは都市という名の地底に吸い込まれ、まったく別の形となって現出するであろう。
――村上春樹「都市小説の成立と展開――チャンドラーとチャンドラー以降」(「海」1982年5月号)
どんな気持ちだい。自分自身だけであるということは。
――ボブ・ディラン
■「海炭市叙景」の構成
第1章「物語のはじまった崖」
1 まだ若い廃墟
2 青い空の下の海
3 この海岸に
4 裂けた爪
5 一滴のあこがれ
6 夜の中の夜
7 週末
8 裸足
9 ここにある半島
第2章「物語は何も語らず」
1 まっとうな男
2 大事なこと
3 ネコを抱いた婆さん
4 夢みる力
5 昂ぶった夜
6 黒い森
7 衛生的生活
8 この日曜日
9 しずかな若者
■佐藤泰志作品におけるハードボイルド要素
・個人と組織の対立(「まっとうな男」)
・ハードボイルド的な個人主義
ダシール・ハメット(サム・スペード、コンチネンタル・オプ)からの伝統
自分のルールで動く人たち
↓
自己責任
自分自身で全てを引き受けようとして、滅んでゆく(「まだ若い廃墟」)
・トラウマ的記憶
登場人物が過去の時間にしばられている(「裂けた爪」、「夜の中の夜」)
↓
大人(過去)と子供(未来、「まだ一滴の大河」「しずかな若者」)との対比
・今/ここにたいする違和感
・道具立て
犯罪歴のある男(「夜の中の夜」
時代に取り残された船員(「裸足」)
覚せい剤(「夜の中の夜」)
聖女(ヤクザの情婦)と悪女(主人公の妻) (「剥がれた爪」)
■【参考】日本のハードボイルド発展史
・日本のハードボイルド史に落ちるアメリカの影
敗戦の記憶 大藪春彦
↓
朝鮮戦争
60年安保 第一期ハードボイルド 生島治朗、結城昌治、河野典生
↓
べトナム戦争
70年安保 第二期ハードボイルド 西村寿行
オイルショック 北方謙三、船戸与一、谷恒星
↓
バブル 第三期ハードボイルド 景山民夫、大沢在昌、逢坂剛、原寮
↓
90年代 桐野夏生
・佐藤泰志(49年生まれ)と同時代のハードボイルド作家とは?
北方謙三(47年生まれ)
↓
団塊世代(「ハードボイルドは男にとってのハーレクイン・ロマンス」(斉藤美奈子))
・ハードボイルドを脱臼させる佐藤泰志
ハードボイルド的なナルシズムを脱臼させる「もう一つの視線」
中心人物とは別の脇役の視点がすべりこむ
(「剥がれた爪」の女子事務員、「衛生的生活」の同僚、「この日曜日」の妻)
参考:小野俊太郎『社会が惚れた男たち ――日本ハードボイルド40年の軌跡』
■アメリカの影
・レイモンド・チャンドラー、ロス・マクドナルドのロスアンゼルス
・海炭市と首都=日本とアメリカ
・地方(海炭市)にも郊外化(アメリカ化)の影が忍び寄る
産業道路の発達→サバービア化(「黒い森」、「この日曜日」)
郊外化に対する抵抗(「ネコを抱いたばあさん」)
アメリカの影を、アメリカ的な/ハードボイルド的な
個人主義でしか乗り越えることのできない哀しみ
同時代に文壇にデビューした作家
村上春樹はチャンドラー的な方法論を純文学に持ち込む
↓
『羊をめぐる冒険』=『長いお別れ』
純正ハードボイルドの系譜 村上春樹
和製ハードボイルドの系譜 佐藤泰志
遠いようで近い