図書出版クレイン 文弘樹「『海炭市叙景』を読んで」
●私の読後感のキーワードを以下、記します。
1. この場所に居続けること
第二章の「3 ネコを抱いた婆さん」が象徴的な作品だと思うのですが、この「海炭市叙景」の中の何編かは、時流や状況の変化に動かされることなく、他人からは「頑固者」と言われながらも、今あるこの場所に居続ける人々が登場します。居続けることで見えてくるものがある、という視点です。
2. 今の生の構えが基点だということ
第一章の「7 週末」に登場する路面電車の運転手が象徴的なのですが、たとえ「時代遅れ」と言われようとも、何十年と繰り返される坦々とした日常を送る人々への眼差しです。
3. 「こうあるべき自分ではなく」「こうある自分」を生きるということ
上記1.と2.から、最終的に出てくるのがこの3.の視点です。第二章「8 この日曜日」、第一章「5 一滴のあこがれ」にこの視点が強く出ているように思います。
以上、簡単に三点のキーワードを挙げました。このキーワードから感じられる私の読後感の結論は、「生活することへの肯定」や「生の賛歌」ということ以上に、ある時代に、ある場所で、ある関係の中で、生きざるをえない人々の「生の重み」への慈しみです。それはまた、当作品の執筆時に39歳であった作家・佐藤泰志が、この間の実生活の上で、その重みをどれほど引き受けてこざるをえなかったのかということへの想像へと私をかりたててくれます。
●一番好きな一編
第一章「5 一滴のあこがれ」です。